デス・オーバチュア
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「……誰だ、貴様?」 茶色のコートの男は、巨大な室内に入った瞬間、足を止めた。 部屋と呼ぶには巨大すぎるこの場所に予想外の先客が居る。 「超獣スレイヴィア……いいえ、復讐の神剣にこびり付いていたスレイヴィアの一片の肉片から再生された紛い物……あなたの出番はないわ」 「ほう、我を知っているのか? その上、紛い物扱いするとはな……」 茶色のコートの男……スレイヴィアは野性的な笑みを浮かべた。 だが、目だけは笑っていない。 自分のことを知るこの人物とその発言に、興味が沸いた、それゆえに笑った。 同時に、自分に対して対等以上の口をきいたこと、紛い物呼ばわりしたのは許されない罪、ゆえに、目は笑わずに相手を睨みつける。 「紛い物が嫌なら、劣化コピーとでも呼びましょうか? それとも実験動物の失敗作?」 発言と外見に格差がある人物だった。 発言、その態度はどこまでも不遜でありながら、その姿はどこまでも清らかで、美しく、そして愛らしい。 艶やかで、光り輝く『白髪』のツインテール、蒼穹のどこまでも青く澄み切った瞳、白くきめ細かい象牙の肌、彼女を構成するパーツは全て最高級のものばかりだ。 純白の暖かそうなコートを着た十二歳ぐらいの少女。 その愛らしさは天使か妖精のようで、その大人びた美しさは至高の芸術品のようだった。 「よくぞ、言った、人間! 最後に聞いておこう、貴様の名は?」 スレイヴィアの両手の爪が爪刃と化す。 「イリーナリクス・フォン・オルサ・マグヌス・ガルディア……まあ、特別に女皇イリーナリクス様と呼ばせてあげるわ」 「ほう……氷の大陸の女皇か。なるほど、それならその不遜な態度も頷けるというものだ」 「光栄に思いなさい、たかがケダモノの王が偉大なるガルディアの女皇の尊顔を拝めたことを……」 「ほざけ、小娘! 同じ王でも我と貴様では格が違うわっ!」 「そのセリフ、そのままお返しするわよ、犬畜生!」 氷の女皇と獣の王、二つの『王』という力の激突が始まった。 Dと出会った場所は見知らぬ場所だった。 ケセドとビナーと戦った場所とは全然違う場所。 現在地がどこかすら解らぬまま、タナトスは奥へと進んだ。 すると、突然、横の壁を突き破ってリーヴが現れる。 リーブと合流したタナトスは、彼女が壁を貫いて作り出していく通路を進んだ。 リーヴも正解の通路を知っているとは思えないが、自分の直感よりは、彼女の直感の方が信じられる気がする。 いや、この場合、直感というより運か? 自らの運の良さに自信がない……不幸なら自信がある……タナトスは、リーヴに完全に任せることにしたのだ。 その結果、凄まじい力と力がぶつかり合っていると思われる、轟音、爆音、激震の響く場所へと辿り着く。 「やはりか……力の波動で……神闘気を感じた段階で解ってはいたが……」 リーヴは、激突を繰り広げている二つの存在を目撃すると、顔をしかめた。 「……スレイヴィア?」 二つの存在の片方にはタナトスも見覚えがある。 あれはセピアで戦い、再び封じたはずの超獣スレイヴィアの人間形態だ。 「ああ、アレを始末するのが元々のここに着た野暮用だったのだがな……ケダモノの王より、もっと面倒なのが……ふう、気づかれる前に帰るかな……?」 リーヴは死ぬほど面倒臭そうというか、何か嫌そうな表情をしている。 「いや、やはり、ここで話を付けないと、もっと面倒なことになるか……どのみちもうとっくに気づかれてるしな……」 リーヴは諦めたように溜息を吐くと、壁際に座り込んだ。 あの二つの力の激突を観戦するつもりなのだろう。 タナトスは視線をリーヴから、超常の戦闘へと戻した。 末妹のフローラよりも幼く見える少女が、風に舞うように軽やかに、スレイヴィアの咆吼を上げながらの猛攻をかわし続けている。 「凄い……なんて余裕ありげにあの攻撃をかわす……」 「イリーナは聖皇柔拳を極めてるからな、回避はお手の物だ」 「聖皇柔拳?」 「解りやすく言うなら、聖皇神拳とは私やイリーナ……あの小娘が使っている拳法だ。破壊力重視の剛拳と、技術重視の柔拳が存在する。私もイリーナも一応どちらも使えるが、私が得意とするのが剛拳、イリーナが得意とするのが柔拳だ。今、あいつが使っているのは柔拳の基本的な回避術に過ぎん……」 「待て、そもそも知り合いなのか? 同じ拳法の使い手? イリーナ?」 「末の妹だ、それ以上でもそれ以下でもない」 リーヴはきっぱりとそう言った。 そして、それ以上の説明をする気はないようである。 「聖皇柔拳……紅染流転(こうせんるてん)!」 イリーナというらしい少女が宙に跳んだかと思うと、スレイヴィアの頭上で片手で倒立し、そのまま『回転』し、スレイヴィアの首をねじ切ると、地上に前転しながら着地した。 頭部を奪われたスレイヴィアの首の付け根から勢いよく血が噴き出す。 「…………」 えぐいというか、えげつないというか、動作は華麗にすら見えるのに、恐ろしいまでに残酷な技だとタナトスは思った。 刃物による殺害は慣れているせいかあまり抵抗を感じないが、素手で首を捻り取るという行為には妙な抵抗感のようなものを感じる。 「ふん、やはりあの技の切れ味はイリーナの方が私より数段上か……」 リーヴが誉めているのか、くやしがっているのかよく分からない発言をした。 「ああっ!? 血なんて吹かないでよ! コートが赤く染まっちゃうじゃない!」 イリーナは、スレイヴィアから噴き出した血が雨のように降ってきて純白のコートを汚したことに憤っているようである。 イリーナは純白のふわふわとしたいかにも雪国用といった感じのコートを脱ぎ捨てた。 コートの下から、綺麗で同時に可愛らしいキャミソールドレスが姿を現す。 下着のように薄いドレスは、高貴な紫にも、清らかな青にも、見える青紫……竜胆色だった。 イリーナはドレスの肩紐の位置を直す。 スレイヴィアは首が無くなったことが何の問題もないかのように、イリーナに襲いかかった。 「これだからケダモノは嫌よ……汚いし、臭いし、しぶといしねっ!」 イリーナは、自分に向かってくるスレイヴィアに向かって、彼の生首を放る。 「聖皇斬(せいおうざん)!」 白光一閃。 イリーナの右手の手刀が振り下ろされており、スレイヴィアの生首と残りの肉体は、見事に真っ二つに両断されていた。 「なっ……」 タナトスは絶句する。 以前、戦った時、魂殺鎌をもってしてもなかなか斬ることができなかったスレイヴィアの肉体を手刀で見事に一刀両断したのだ。 驚くなという方が無理である。 「せいっ! せいせいっ!」 さらに、イリーナはスレイヴィアの体を手刀で細かく切り刻んでいく。 「聖皇閃(せいおうせん)!」 イリーナの左掌から放たれた白い閃光が先程までスレイヴィアだった無数の肉塊を全て呑み尽くした。 白い閃光が晴れると、スレイヴィアの痕跡は肉片一つ残っていない。 あまりにも圧倒的な実力の差、呆気なさ過ぎる決着だった。 「ああ、このコートもう着れないわね、お気に入りだったのに……さてと……」 イリーナはタナトス達の方に向き直った。 「お久しぶりです、お姉さま。いいえ、リーヴリクス・オルサ・マグヌス・ガルディア第一皇女?」 「皇位継承権はお前にくれてやった、ゆえに皇を意味するRIXはつけなくていい。全ての始まり(オルサ)、偉大なる(マグヌス)ガルディアなどという勿体ぶったフルネームも嫌いだ。リーヴ・ガルディア、私の名はそれだけでいい」 「ふふふっ、相変わらずみたいで安心しましたわ、お姉さま」 イリーナは外見に相応しい可愛いらしい笑みを浮かべる。 その可愛らしさ、愛らしさは、たった今超獣を素手で切り刻んだ者とは思えなかった。 「ガルディアの女皇ともあろうものが何しにこんな所まで来た? 出奔した第一皇女……私を自ら追ってきたなどと言うなよ?」 「あら、その理由じゃ駄目なんですか? わたしは、愛するお姉さまに会いたくて会いたくて仕方なかったのに……」 イリーナは子供らしく拗ねた表情をする。 タナトスには、このイリーナという人物の性格が……どこからどこまでが演技で、どこからが真実なのか解らなかった。 「……お前の気色悪い冗談は聞く耳もたん。さっさと用件を言え、まさか、私への嫌がらせで先回りしてスレイヴィアを始末するだけが目的ではあるまい……」 「あははっ、確かに無駄足を踏ませてお姉さまに憂い顔させたかったのもありますけど……あん、そんな睨まないでください、お姉さま、ちゃんと用はありますから〜」 スレイヴィアと戦っていた時とはやけに口調や態度が違う気がする。 イリーナはリーヴに対しては妙な丁寧語というか、からかうのと媚びるのを同時に含むような妙に甘えた雰囲気だった。 「では……」 次の瞬間、その雰囲気、態度が一変する。 「聖皇剣が目覚める……この意味は解るな、第一皇女よ」 一切の感情の消え去った冷たい眼差しと口調でイリーナは言った。 「……そうか、解った。だが、私は参加する気はない」 リーブは目を閉じ、辛そうな表情で答える。 「……そう言わないでよ。お姉さまには資格があるんだから〜」 イリーナの態度と口調がいつもの甘えたものに戻った。 「聖皇剣? 参加?」 完全に置いてきぼりのタナトスが疑問を口にする。 「ああ、そこのあなたもここに居合わせたのも何かの縁! お姉さまの友達みたいだから特別に参加を認めてあげるわよ」 「待て、イリーナ、こいつは……」 「ガルディアの三大秘宝、天空剣と静寂剣に並ぶ最後の秘宝……秘剣『聖皇剣』、それが力を取り戻すのよ」 イリーナは姉の言葉を遮るように捲し立てた。 「聖皇剣はガルディアでもっとも力ある者に与える名誉と権力の象徴! 女王の皇位すら凌駕する伝説の聖皇の皇位を与える物! 聖皇剣復活の年は、ガルディア皇族と使徒である十三騎士の無礼講の殺し合いが行われるの! どう凄く楽しそうなイベントでしょう!?」 「……イベント……」 タナトスはイリーナの妙なテンションに圧倒されている。 この少女は凄く軽い調子で、この世でもっとも物騒なことを言っていないか? 「あ、いまいちピンと来ない? つまり、聖皇剣を手に入れれば、王位継承権が何番目だろうが、使徒に過ぎない十三騎士でさえ、ガルディアの支配者になれるのよ。ガルディアの支配者ということはすなわち、地上全ての支配者! 人間全ての皇! 凄く魅力的でしょう、そこの馬の骨さん〜♪」 「馬の骨……」 確かに、自分などガルディアの皇族らしい少女から見たら『馬の骨』、素性の知れぬ庶民にすぎないだろうが……いきなり馬の骨扱いはあんまりだとタナトスは思った。 「第二皇女のアイナお姉さまや、十三騎士のフォートランが不参加で参加枠に空きがあるのよ。だから、特別に馬の骨にも、参加させてあげるわよ」 「いや、別に私は……参加したく……」 「しかも、しかも、聖皇剣自体にも凄い価値があるのよ! なんたってどんな願いだって叶える力を持った剣なのよ! ガルディアの支配権だけでも凄いのに、ビックな副賞でしょう!?」 「……どんな願いでも叶える?」 魅力的というより、物凄く胡散臭い副賞にタナトスには思える。 「あ、信じてないな、この馬の骨! ねえ、お姉さま〜、わたし、嘘は言ってないですよね?」 イリーナは姉に同意を求めた。 「……聖皇剣はガルディア開祖……最初の皇たる聖皇が使っていた剣だ。確かに、あれなら大抵の願いは叶うだろう。なぜなら、アレは……」 「はい、そこでストップ、お姉さま。そこから先はガルディア皇家のトップシークレットよ」 イリーナは、めっと言った感じで可愛く、姉の口を封じる。 「……つまり、下克上大会で、どんな願いも叶える剣が副賞か……私には関係ない……」 「何、馬の骨? あなた、叶えたい願いの一つもないの? 夢が無い奴ね……これだから庶民……雑種は駄目なのよ。野望無き者はこの世に生きる価値無し! さっさと死んじゃいなさい〜!」 「…………」 なぜ、初めて会ったばかりの相手に、誘いを断っただけで、ここまで言われなければいけないのか、タナトスには解らなかった。 そもそも、彼女の本意が、性格がまるで掴めない。 「まあ、いいわ。気が変わって参加したくなったら、ガルディアにいらっしゃい! お姉さまも一緒に連れてきてくれたら、最優先で参加枠をあげるわ。本来、空きの参加枠には、世界中の雑種の実力者に声をかけてるから、その中で殺し合いをして決めてもらうつもりなのよ」 「…………」 そんな胡散臭い殺し合いに自ら望んで参加する者がいるのだろうか? いや、おそらく居るだろう……人間の欲望、野心とは度し難いものだ。 とはいえ、ガルディア皇族と十三騎士の強さと恐ろしさを知っている者なら、いくらガルディアの支配権や願いの叶う剣が賞品とはいえ、参加しようなどと思わないだろうが……。 参加するのは、余程己の力に自信がある者か、身の程知らずの愚か者だけだ。 「さてと、じゃあ、確かに伝えたわよ、お姉さま」 イリーナの体が宙に浮かび上がる。 「イリーナ! 私は参加する気はないし、こいつはだな……」 「じゃあね、お姉さま、ガルディアで待っていますわ〜」 イリーナはリーヴに投げキスをすると、白い閃光を放ち、姿を掻き消した。 「ああん! やっぱりお姉さまは最高〜! 素敵に無敵だわ〜!」 白光と共に、中空からイリーナが出現する。 「その様子だと、目的は果たせたようだな」 イリーナの背後に赤い外套の錬金術師が立っていた。 「まあね。そっちは? もう旧友への挨拶回りだかは済んだの?」 イリーナは上機嫌に、赤の錬金術師デミウルに応じる。 「まだだ。番犬を排除していたら、娘に先を越されてな……」 「はっ! 何やってるのよ、間抜け。で、どうするの? わたしはもう帰りたいんだけど」 「そう急ぐな。せっかくだからファントムの終わりまで見届けていかないか?」 デミウルは赤い外套を脱ぐと、イリーナに羽織らせた。 「むっ……コートをどうしたのか、聞かないの?」 「どうせ、血で汚したのだろう? だから、以前から白ではなく赤にしろと……」 「貴方とペアルックしろって言うの? だいたい、貴方、悪趣味なのよ、赤か黒しか着ないし……」 「赤は血の象徴色、黒は闇の象徴色だ。白と違って、返り血も目立たなくて済むしな」 「わたしはガルディアの女皇よ! 着ていい服は清らかで高貴な色である白、青、紫だけよ! 赤や黒なんて汚れの色、身に纏えないわよ!」 「清く汚れ無きモノ程、汚れやすく、染まりやすい……清らかさなど処女性のように儚く脆いものだ……それゆえに美しくもあるのだがな」 「ふん、わたしは貴方の色に染まる気はないわよ。だって、あなたみたいに汚れきってしまったら、お姉さまに愛してもらえなくなるもの」 イリーナは軽やかに、デミウルの右肩の上に跳び乗る。 「フッ、いまだに愛されたいなどと望んでいるのか? 無駄な願いだ、その願いは決して叶わない。力で屈服させようが、聖皇剣の力で虜にしようが、それでは君は満たされない……君が姉君の心を求め続ける限り……」 「……解ってるわよ……それでも、夢見るぐらい勝手でしょう!?」 「そうだな、人には誰にでも夢を見る権利はある。叶わぬ願い……それこそが夢……人の見る夢、それは例外なく儚い……」 「……ねえ、デミウル、貴方の夢って何なの?」 「ん? 錬金術師としての目標か? アルス・マグナ(大いなる秘宝)……第一原因と交わり『完全なる知(グノーシス)』を得ることだ。以前にも言ったと思うが?」 「いや、そういうのじゃなくて……」 「まあ、今時の大抵の錬金術師はたかが賢者の石を創ることを至高の目標、辿り着けぬ夢にしているがな」 「自分の目標は格が違うみたいに言うけど、グノーシス?、全知になりたいってこと? そんなに物知りになって何が面白いんだか……解らないことがあるいから世の中、人生面白いのに……」 「ふむ、それもまた真理だな。だが、錬金術師……魔導師も含め私達カバリストは、全知全能、神との合一を目指す探求者にして修行者なのだよ」 「ふん、よく解らないけど、色気のないつまんない夢ね……もっと、夢らしい夢はないの?」 「例えば、君のように、色恋にでも夢中になれと?」 デミウルは意地悪く嘲笑った。 「……貴方には一生、誰かを愛したり、愛されたいという気持ちは解らないわよ……」 イリーナは忌々しげにデミウルを睨みつける。 「これでも妻を持ったことも、子を成したこともある身なのだがな……」 「それは可哀想な妻子ね……て、そうだ、誘っておいたわよ、貴方の黒い方の娘」 「そうか、手間をかけたな」 「別にいいわよ、お姉さまに会うついでだったから。さて、じゃあ、いい加減進んでよ、貴方の気が済むまでつき合ってあげるけど、わたし、もう歩くのは嫌だからね」 「君は怠け者だな、そんなでは肉体に贅肉がつくぞ」 「運動ならもう充分してきたわよ」 「そうか、では、君はしばらくそこで大人しく休んでいるといい」 「そうさせてもらうわ……お休み……」 イリーナは言い終わると同時に、眠りに落ちた。 デミウルは、イリーナがずり落ちないように、彼女の足をしっかりと支える。 「さて、アクセルとは話しそこなったが、コクマの方なら暇だろう……あいつは傍観者だからな」 デミウルは、イリーナを起こさないように、ゆっくりと歩き出した。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |